ビル・ゲイツが天才であると分かる14の伝説的エピソード。

Bill Gates

SAT(大学入学資格試験)の数学で800点満点を取った


シアトルの名門、レイク・サイド・スクールで最も数学の得意な生徒だったゲイツは、SAT800点満点を獲得。微積分の学期末テストでは、授業に一度も現れずに学年トップの成績をマーク。しかし、授業態度点を引かれてしまい成績はBに。ゲイツにとって数学の才能はこの上ない誇りで、初対面の女の子にSATのスコアを自慢するほど。

体育の授業をサボってパソコン室にこもっていた


ゲイツが入学してから間もなく、レイク・サイド・スクールはコンピュータを購入。パソコンの魅力に取りつかれたゲイツは、仲間とともに一日中スクリーンに向かう。興味の無い体育の授業はサボってひたすらパソコン仲間とプログラミングに熱中。後輩のパソコン・フリークたちからは信仰に近い尊敬を勝ち取り、同級生からは「謎の多い男」と思われていた。

ハーバード在学中、試験中に居眠りをした「ギリシア語」のテストでBを取った


ハーバード大学に入学したゲイツ。リベラル・アーツの「ギリシア語」の試験中、慢性的な睡眠不足がたたって居眠り。それでも最終的に成績はB。この上なく愉快だったゲイツは、以来これが自慢のエピソードに。

15歳で「給与計算プログラム」を書いて売り始めた


9年生の時、ゲイツはレイク・サイド・スクールのパソコン仲間とレイクサイド・プログラミング・グループ(LPG)を結成。「給与計算プログラム」や「交通量分析プログラム」を作成し、自治体企業へ売り歩く。当時のLPGのメンバーの一人は、のちにマイクロソフトの共同創業者になるポール・アレン

高校生にして、中学生を従業員として雇った


ゲイツはLPGの活動に"安価な労働力"を利用。レイク・サイド・スクールの後輩たちを集めて事業を効率的に拡大。起業家の片鱗を当時から見せていた。

11歳で聖書の「マタイ伝5~7章」を暗記してしまった


11歳の時、シアトルの牧師が課した「マタイ伝5~7章」の暗記の課題を簡単に攻略。並外れた記憶力が分かるエピソード。

30時間もぶっ続けで仕事ができた

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Ready for the #eclipse

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猛烈な仕事人間のゲイツ。時には30時間以上も寝ずに仕事を続けることができた。食事と同じ時間(!)を睡眠に費やすこともあった。寝る場所はベッドでなくても一向に気にならない。

メルセデス・ベンツの後部座席に牛乳パックを投げ捨てていた


牛乳好きであり、スピード狂のゲイツ。飲み干した牛乳パックをそのまま後部座席に投げ入れるため、ベンツの後部座席には牛乳の匂いが充満していた。

大学時代はポーカーに没頭した


ゲイツはハーバードでポーカーに興じた。オールインをもいとわない超攻撃的なプレイスタイルで、何度も大敗を喫した。会社設立後はポーカーの席から姿を消し、ハーバードも去ることに。

ほとんど爪を切らず、髪も洗わないほどのパソコン狂


ゲイツは身だしなみに全く無頓着。パソコンに熱中するあまり、爪や髪は伸び放題、シャワーもろくに浴びないこともあった。

椅子をゆする独特の癖がある


早熟だったゲイツは、生まれたときから手当たり次第にモノを揺らした。億万長者になった後も、興奮すると椅子をゆする独特の癖が残る。マイクロソフトの社員の間では、伝説的な創業者のジェスチャーをマネするのが流行。

IBMとの交渉前にネクタイを忘れた


飛行機にはギリギリで乗り込む主義のゲイツは、忘れ物をすることが多かった。例えば、当時の世界最大のコンピュータ企業IBMとの商談の際にはネクタイを忘れた。紳士服店に立ち寄って無難なデザインのものを即座に準備して交渉に臨んだ。

並外れた競争心


プログラミングやビジネスはもとより、テニスや音楽にも並外れた競争心を示した。ゲイツにとって至上の喜びは競争に勝つことであり、敗北への恐怖が彼を突き動かした。マイクロソフトでゲイツは、Windowsの成功により「オペレーションシステム」と「アプリケーション」の両業界で歴史的な勝利を収めた。

ハーバード入学前、「25歳までにミリオネアになる」ことを予言していた


ハーバードへの入学前、ゲイツは「自分は25歳までにまずは100万ドルを稼ぐ」と宣言していた。単なる「夢」や「野望」ではなく、あたかも「決まりきった事実」であるかのように言ってのけた。

 

ジェームズ・ウォレス ジム・エリクソン(著)

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